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1989年8月12日、中日ー巨人戦
プロ野球にはメークドラマやメークミラクルといった具合に巨人に関係する言葉が生まれるほど、記憶に残るシーズンが多くあったよね。
シーズンでいうとそのようなドラマに目が行っちゃうけど多くの歴史の中で1シーズンに1度は記憶に残るような試合があったのも事実で、翌日のスポーツ新聞の一面をよく飾っていたよ。
日本プロ野球でノーヒットノーランは今まで延べ78人が計89回達成しています。
例えば9回で初安打を許した、味方も点を取れず延長で初安打を許した、など記録に残らない好投はたくさんあります。
その中でも、9回に初安打のみならず、3点差を逆転されサヨナラ負けした投手の話をご紹介します。
その試合は、1989年8月12日、ナゴヤ球場で行われた中日ー巨人戦です。
先発は、巨人が斎藤、中日が西本でした。
斎藤はこの年に先発ローテーション入りし大ブレイク、3試合連続完封を含む11試合連続完投勝利の日本記録を達成し、押しも押されぬ巨人のエースに成長しました。
一方、巨人から中日にトレードされた西本も、心機一転好投を続け、最終的にはこの二人がシーズン20勝をマークし、最多勝のタイトルを分け合っています。
その両エースの投げ合いで緊迫した投手戦が展開されましたが、8回に巨人が川相のタイムリーで待望の1点を先制し、均衡を破ります。
さらに9回にはクロマティ、原のホームランで2点をダメ押しし西本をノックアウト。
得点は3-0となり、もはや注目はヒットを1本も許していない斎藤のピッチングに絞られました。
9回裏、まず先頭の中村が三振で1アウト、ここで中日の星野監督は、この日一軍に上がってきたばかりの2年目、音を代打で送ります。
音は期待に応えライト前へヒットを放ち、ここで大記録は無くなりました。
大歓声のナゴヤ球場と、苦笑いの斎藤と巨人ベンチ。
まだこの時は余裕があるように見えます。
しかしやはり精神的動揺があったのでしょうか、2アウトを取ったものの川又に四球を与え、1、2塁となったところで続く仁村弟にタイムリーを許し、1点を返されます。
大記録どころか完封も逃し、なおランナー1、3塁。
ここで打席に迎えたのが四番落合です。
落合は、斎藤が投げたこの試合の125球目、渾身のストレートをドラゴンズファンが埋め尽くすライトスタンドへ放り込みました。
奇跡の逆転サヨナラスリーランに、大記録の夢から一転悪夢に突き落とされた斎藤はただスタンド方向を茫然と見つめてるだけでした。
落合も引退後に印象に残っているホームランの一つとして挙げたこのシーン、この試合を実況していた東海テレビの吉村アナウンサーの「こんなことがあるのか!こんな試合見たことない!」の絶叫は今でも忘れらません。