1998年「ベルージャ対ユベントス」中田英寿に見た日本サッカーの可能性

1998年「ベルージャ対ユベントス」中田英寿に見た日本サッカーの可能性

 

1998年、この年はフランスワールドカップが行われ日本代表も、この大会で初参戦となった記念すべき大会です。
この大会から日本はこれまで連続出場しております。

くしくもこの大会では1勝もあげることは出来ませんでした。

世界との差、現を見せつけられた大会になりました。
私がお伝えしたいのは、この、ワールドカップの試合ではありません。
ワールドカップ閉会後のおよそ2ヶ月後の試合になります。

そう、イタリア セリエAのシーズン開幕戦 ベルージャ対ユベントスの試合です。

この試合、リアルタイムにテレビ観戦していました。

確か日本時間では日曜の深夜(翌月曜)の午前零時過ぎから始まったと思います。
わくわくしながらフルで試合を観戦しました。
そう、ベルージャにはあの男、日本代表の中田英寿が移籍加入したのです。

中田はフランスワールドカップでの活躍が認められ、移籍に繋がったのです。
当時の日本代表は完全に彼のチームでした。

中田だけが世界の強豪の選手たちと、まともにやり合っていました。

ワールドカップを見る限り、唯一世界を感じさせる期待を抱かせたのです。
オファーを出したベルージャも二部から上がってきたチームで決して強豪チームではありませんでした。

そして強豪ユベントスを相手とした開幕戦、中田はスタメン出場しました。
正直これまで日本のJリーグの経験しかない日本人選手がどこまで通用するのかは懐疑的でした。

ですが期待せずにはいられません。

セリエAについては1994年、日本人で初となるプレーヤーとして、あのキングカズ、三浦カズが参戦しました。
カズの結果は1年間でわずか1ゴール、シーズン直後の怪我という災いがあったにしろ、Jリーグで得点を積み上げていた、カズがわずか1得点。

これにはセリエAのレベルの高さを我々日本人に植えつけました。
やはり日本人が海外で活躍するには時間がかると思わされました。

そのカズの次、日本人として二人目のプレーヤーとして中田は参戦しました。

予想外のデビュー戦2ゴール。
これ以上のことはありません。

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